Novel *
たとえそれが夢だとしても
夢を、見た。
夢の中でオレとあいつは何故か対峙していて、何故、と思った所で一つ気がついた。
何故、と思うことがおかしいのだと。
【闇】である彼は【光】であるオレに滅ぼされなければならない。それが定められた運命なのだ。
でなければ、世界は―――。
夢が教えてくれたのはそこまでだった。
朝日の眩しさに自然と目を覚ましたラグナスは未だ夢の中から戻ってくることができずにいた。
アレはいったい何だったのだろうか。
ラグナスは元来、あまり夢を見ない。いや、実際には見ているのだろうが、目覚めが良いためか起きた後に夢の記憶が残ることは珍しい。稀に覚えていたとしてもせいぜい長い夢の中の一部分といった所だ。
しかし今回は違った。どうしてラグナスと彼…シェゾが争うことになってしまったのか経緯はわからなかったが、夢の中で交わした会話まで鮮明に覚えていたのだ。更にラグナスは夢の中で自分の思考を巡らせることもできた。
まるで、夢の中の出来事があたかも現実のことだったかのように。
そう考えたラグナスは思わず身震いした。
この平和な世界であんなことが起こるはずがない。夢の中の世界は荒れ果てていたのだ。今の平和な世界からはとても想像できないし、あの大地の荒れ方は一年やそこらでどうにかなるものじゃない。
第一、あれは夢なのだ。本当に起こるはずがない。
ラグナスはそう無理矢理結論付け考えるのをやめたが、胸のざわめきが納まることは無かった。
***********************************
ざわめく胸中とは別の意味で、ラグナスの胸が高鳴る。
今日見た夢の相手であり、ラグナスの恋人であるシェゾの姿を見かけたからだ。
時刻はまだ朝と呼ぶのが相応しい。そんな時間の、更に人通りの多い街中に彼がいるのはかなり珍しいことである。
珍しく朝早く起きダンジョンに潜る準備でもしているのか、単に徹夜明けなのか。
彼の眼の下にある隈を見る限り、後者のようだ。
どうやら家(洞窟)にある食料が底をついたらしい。と言っても他人と関わり合うことをあまり好まない彼が街に出る理由は他にあまりないのだけれど。
なんにせよ愛しの人物に会えた喜びを携えてラグナスはシェゾを追いかけた。
「シェゾ!朝から街にいるなんて珍しいな!」
「………。」
やはり徹夜明けだったようだ。それも三日は眠っていない。
何故そんなことが分かるのかというと、徹夜一日目のシェゾは機嫌が悪く話しかけようものなら鬼のような形相で睨まれ、下手をすればぶっ飛ばされるのだが、俺が話しかけても何もしないということはその気力すらない状態、つまり連日徹夜をしたとわかる。
これはチャンスだ、とラグナスは思った。
普段はまともに相手にされることは少ないが、疲労困憊している今なら取り入る隙がある。
更に運のいいことに、シェゾは食料を調達しに来たらしい。
つまり、今シェゾは空腹である。
「なあ、オレの家でメシ食っていかないか?」
「……。」
「買い込んだ野菜をそろそろ食べきらないとまずいんだよ、頼む!」
「…なら、行ってやらんこともない。」
素直に食べたいと言ってくれないのが少々残念だが、家に来てくれるだけでも良しとしなければならない。
出会って最初のころなどはどんなに食べ物で釣っても決してラグナスと行動を共にすることなどなかったのだ。
それだけ信用されるようになったということだろうか。
考えていることがすっかり顔に出ているラグナスを眺めながらシェゾは思った。
初めのうちは警戒心もあった。でもこいつは敵に毒をもってその隙に殺すとか、油断させて後ろから刺すとかそういうことができないのだとわかれば、後は自分に対して敵意を持っているかどうか。
それを確かめようとしている内に、いつの間にか惹かれていた。
俺には無い物を持っている癖に、俺を求めてくるこいつに。
敵意だと思っていたものは、それと真逆の愛情だった。
…それに絆されている俺も大概おかしなものだとは思うが。
ちなみに料理については単に料理下手な知り合いが多いため、ラグナスの料理についても他の人から味の評価を聞くまでは食べないでいただけなのだが、ラグナスは知る由もなかった。
森を抜けラグナスの家へと向かう。洞窟を住処にしているシェゾもシェゾだが、森の奥に住んでいるラグナスも相当変わっている。
以前森の奥に住む理由を聞いた所、「修行がしやすいから」とのことだった。
平和だと剣を使う機会が少ないので森にいるモンスターを相手に腕が鈍らないようにしているらしい。
とは言え歴戦の勇者と闇の魔導師が歩いていれば大抵のモンスター恐れをなして出てくることは無い。時折出てくるモンスターに至っては、徹夜で機嫌の悪いシェゾが問答無用で葬り去っていた。
そうこうしている内にラグナスの家につく。鍵が空くと家主を無視して勝手にあがりこむシェゾを一応注意はするものの、いつものことなので特に気にすることもなくラグナスも中に入った。
「魚のソテーとチキンどっちにする…って、もう寝てるし…。」
ラグナスが荷物を運びこんで部屋を覗くと、銀髪の魔導師がソファーに転がっていた。
連日の徹夜の後に半ば無理やり連れ込んだのだ、予想の範囲ではあった。
それでも、普段自分に対してあまり隙を見せないシェゾが自分の空間の中で無防備な姿を晒しているということはラグナスにとって嬉しい出来事だった。
「シェゾ…オレさ、夢を見たんだ。」
シェゾが眠っていることを確認したラグナスがシェゾが寝転んでいる隣に腰をおろし、話し始める。
「それが変な夢でさ…オレとお前が戦ってるんだ。周りは荒れ果てた大地で、オレとお前の他には誰もいないの。まるで世界の終わりみたいだろ?あまりにも鮮明に覚えているから、どこか別の世界で本当に起こった出来事みたいに感じたんだ… おかしいよな、そんなはずないのに。」
「別におかしいってことは無いだろ。」
「ふえっ!?シェゾ、起きてたのか!?」
完全にシェゾが眠っていると思い込んでいたラグナスは見事な不意打ちに慌てふためくが、シェゾの方は気にも留めず話し続ける。
「お前と俺は本来敵同士の立場なんだから。難なら、今ここでお前の首を取ったっていいんだぜ?」
「それは…やだな。だってオレ、シェゾのこと好きだもん。…ずっと一緒にいたい。」
「……。」
急に黙り込んでしまったシェゾの顔を覗き込むと案の定真っ赤になっていて。「ヘタレの癖に…」とか「天然タラシが…」とかぼやいている姿がとても愛おしかった。
「好きだよ、シェゾ。好き…大好き。」
「だ、黙れ!」
尚も言葉を紡ぎ続けるオレの唇を塞いだのは、愛しい人の其れだった。
すぐに離れた其れから次に出るのは数々の暴言だったけれど、照れ隠しだとわかっていれば、可愛く思える。
赤くなった顔を見られまいとラグナスの肩に押し付けるシェゾの存在を確かめるように強く抱きしめる。
初めは抵抗していたシェゾも次第に大人しくなり、おずおずと両腕をラグナスの背に回した。
「…好き、だ…。」
「…うん。」
それは、例えば夢の話。
それは、例えば別世界の出来事。
それは、例えば遠い過去の話。
それは、例えば遠い未来での話。
それは、例えばとある人の妄想。
たとえその中のどれかが本物だったとしても、全て違っていたとしても、
今、この時は、
今、ここに流れる穏やかな時間は。
どうか、このままで。
End