Novel *


同じ頃…街のある通りでは。
「あ、ラグナスだ。そんなに急いでどうし」
「うあああああ頼む!!何事も起こっていないでくれえええええ!!!」
「…行っちゃった…」
友人である魔導師の卵が無視され。

また同じ頃、森のはずれでは。
「あら、ラグナスさんじゃありませんの。珍しいところでお会いしますわね」
「おおーシェゾー!お前の瞳は100万馬力〜♪…この歌、喜んでくれるかな…?」
「…さ、あちらにもキノコはありますかしら」
これまた友人である魔女見習いの少女が何も見なかった事にし。

そこから程近い湖では。
「たら師匠ー!シェゾを、シェゾを悩殺する踊りをオレに伝授してくれー!!」
「フィィィィィーーーッシュ!ほとばしる熱いパッションをビシバシ感じたぜ!!OK、レッツダンシーン!!!」
「えっと、あの…踊りはよく分かりませんけど、その…何だか気が遠くなってきました…」
踊り狂う半魚人とラグナスを見てうろこさかなびとが具合を悪くし。

じわじわと、けれど確実に。
”何か”はシェゾ包囲網を完成させつつあった。



場所は戻って、壊滅した酒屋跡である。
「おかしい…あの野郎、どこに消えやがった?」
ラグナスが倒れているべき場所を睨みすえながら、シェゾはひとりごちる。
確かにずっと凝視していたわけではないけれど、それでも情け容赦なくあれだけのダメージを与えたのだ。
隙をついてどこかに隠れるなんて芸当、普通に考えればできるはずがない。
こういうとき闇の剣と話せたら、状況の整理もつき、意見を交し合う事で解決の糸口も見えてくるのだが…。
「…いや待てよ。リュンクスの遊び道具として放り込むより、あいつらに手入れを頼む方がいいかもしれんな」
意地でも呼ぶ気はない模様。
意外と根が深い。
「ピカピカに磨き上げるよう命じて…いやしかしおっちょこちょいな奴ばかりだからな、怪我でもせんようにてのりを監督としてつけるか…」
そして脱線する思考。
しまわれた異空間で、闇の剣が嫌な予感に身震いしたかどうかは定かでない。
「いやそもそも、闇の剣に手入れは必要なのか…?今まで特に何もした覚えがないんだが…」
刀身はどんなに斬っても刃こぼれひとつする事なく、斬れ味が鈍る事もなく。
キノコを焼こうが、しとめた獲物(食料的な意味で)をぶっ刺して歩こうが、ちょっとリンゴをむくのに使おうが、美しい水晶の刃はその美しさをとどめたまま。
今の今まで、闇の剣の不可思議さについて、不思議とあまり考えた事はなかたけれど。
「フン…まあ、長い付き合いに免じて、リュンクスの刑は勘弁してやるか」
「確かに、不思議だよなぁ。オレのリアクターブレードも、ほとんど手入れした記憶がないんだよね」
「さりげなく混ざってるんじゃねえええええ!!!」
回し蹴り!!
ガード!!!

「くっ、いやだってさ、そんな独り言ブツブツ言ってたら本気で変態っぽいだろ?だから会話にしてあげようと思って」
「誰が変態だ!!」
「お前」
しゃあしゃあとのたまうラグナスにシェゾはブチギレかけるが、先ほどから感じている違和感に寸前で思いとどまった。
「…お前、ラグナスだよな?」
「…シェゾ、眼鏡屋ならあっちだぞ」
イラッとくる心を抑え、今現在、目の前にいるラグナスをしげしげと見つめる。
「な、なんだよ、そんなに人のことをジロジロと」
「オイ、お前…俺に何か言う事はないか?」
「は?何かって?」
「だから、俺の事がす……いや!違う、そのだな」
己が何を訊こうとしているのか今さらながらに気付き、シェゾはうろたえる。
これではまるで、言われる事を内心期待していたようではないか!
「…お前、今日ちょっとおかしいぞ。熱でもあるんじゃないか?」
コツン。
ラグナスの額が、シェゾの額に押し当てられる。
己の言動に動揺していたシェゾに、それは全くの不意打ちで。
「ん…ちょっと温かい気もするな。…このまま、オレにうつしてみるか?」
そのまま、ごく自然な流れでシェゾの頭がさらに引き寄せられ…
「お前誰だーーーーーーーっっっ!!!!!」
巴投げ!!!

「ぐふっ…」
ラグナスは白目をむいて力尽きた。
「何だ…どうなってるんだ!?コイツ実は八つ子とかなんじゃねーか!?!」
8人、もしくはそれ以上のラグナスがわらわらといる光景…そんな悪夢を想像してしまったシェゾは戦慄する。
もう既に、何に対して心臓がバクバク音を立てているのかわからない。
そしてその悪夢は、
「シェーゾーーー!!!」
「ああ!?」
…現実となる。

「シェゾー!お前に贈る恋の歌を作ったぞ!聞いてくれ!!」
「シェゾー!この魅惑の情熱ダンスでお前のハートをゲッチューだ!!」
「シェゾー!お前のためにお菓子作っちゃった☆受け取って、くれるかな…?」
「シェゾー!べ、別にお前に会いたくて来てやったんじゃないんだからな!勘違いするなよ!!」
「シェゾー!あのごめんな、お前の事を好きになってしまったオレを、許してくれるか…?」
「シェゾー!シェゾシェゾシェゾシェゾ好きだ好きだ好きだ好きだ」
「シェゾー!シェゾたんマジ天使(*´д`*)テラモエス(*´д`*)(*´д`*)」


「シェゾー」「シェゾー」「シェゾー」「せぞー」「シェゾー」「しぇ蔵ー」「シェゾー」「シェゾー」「シェリー」「しぇぞー」「シェゾー」
わらわらどやどやわいわいがやがや
不吉な地響きの音と共に、砂ぼこりを舞い上げ大挙として押し寄せるラグナス軍団。
シェゾは表情一つ変える事なくそれを見つめ。
くるり。
やおら回れ右すると、猛然とダッシュ!!!
どうやら表情は変えなかったのではなく、あまりの恐怖と衝撃にマヒしてしまっただけらしい。

「あ、シェゾが逃げたぞー!」
「追えー!追えー!!」
「いやここは追いかけないほうがポイント高いかも!?」
「このオレが来てやってるのに、逃げるなんて許さないからな!」
「おお…逃げる小鳥よ、その気高き翼を閉じ込めようとする愚かなるオレの罪」
「シェゾw待ってwwマジ速いからwww待てってwwww」
「オレから逃げられると思うなよ!この腕に捕らえたら、もう離さない!!」


ずどどどどどどどどどどどどどどど………
猛牛の群れのごとくシェゾを追いかけるラグナスの群れ。
不気味なほどの無表情の中に死に物狂いの必死さを秘め、限界を突破する勢いで街中を疾走するシェゾ。
八百屋に積まれたリンゴをぶちまけ。
魚が並べられた台を踏みつけ。
パン屋の店内を駆け抜け。
「ぬお、何事だこれは!?シェゾ、随分愉快な状況になっておるではないかぐぽあっ!!!」
邪魔な通行人をはじき飛ばし。(その後、ラグナスのかたまりに踏み潰された)
周囲の状況などおかまいなし、というかそんなの気にしていたら自らの命が危ない。
だからシェゾは走る。
とにかく走る。
たぶんもう転移の事なんて忘れて走る。
そうか転移があったかと今さら気付いても後の祭り走る。
走る走る走る!!!
とにかくがむしゃらに走りまくり、狭い路地や迷惑顧みず民家の中を激走したおかげで、背後から聞こえてくる地響きは最初に比べると大分小さくなってきた。
これなら逃げ切れるか――!?
見えかけた希望に、ようやくシェゾの無表情が笑みの形になろうとしたそのとき。
「っあ、シェゾ!こんなところにいたのか!!」
目の前に、飛び出してきたのは。
「シェゾ、お前のところにオレが来なかったか!?いや来てないならいいんだけどこれには深いわけが」
最後まで言い切ることは、できなかった。

「っどけええええええ!!!アレイアーーードッッッ!!!!!」

迷いなく。
予備動作一切なく生み出された闇は、狙い違わず、目の前に現れた彼――ラグナスに直撃した。
「ごっふうっっ!!!」
何故か妙なスローモーションでふっ飛ばされていくラグナス。
それを押し退けてさらに走ろうとしたシェゾだったが。
「はぁ、はぁ…どうなってやがんだ…?」
地響きが消えている事に気付き、振り返った彼の目に映ったもの。
そこには、ただ寂れた裏路地が、長くのびているだけだった。


…つまり、こういう事であった。
「要するに…遺跡でヘマしたお前は、お前自身の大量のコピーを作ってしまった、と」
「うう、面目ない…」
唯一残ったラグナスとして、シェゾに手荒く叩き起こされ…闇の剣(和解したらしい)つきつけられつつ神妙に正座して語ったそもそもの始まり。
「オレも止めようとしたんだけど…あいつら数だけは多いから…」
街へくり出そうとするコピー達を押しとどめようと勝負を挑みはしたものの、人海戦術の前にあえなく敗北。
ロープでぐるんぐるんに縛られ転がされ、どうにかこうにか抜け出してやっと街に辿り着いてみたらシェゾからいきなりアレイアード。
「フン…大方、その遺跡は古代の実験施設か何かだったんだろうよ。おそらくは、優秀な戦士や魔導師を手早く量産するためのな」
「………」
けれどフタを開けてみれば、生み出されたコピーは見た目こそ本物そっくりだが、中身は残念なシロモノばかり。
しかも、ちょっとした衝撃ですぐに消滅する。
「ま、岩塩受け止めた程度じゃ消えなかったがな」
「へ?」
「こっちの話だ」
ようやくラグナスに向けていた切っ先を離し、シェゾは短く息を吐く。
その心底疲れた呆れ帰った最早言葉も出ない馬鹿だコイツ大馬鹿だと主張している雰囲気に、ラグナスは慌てて何でもいいから話題を探す。
「あ、でもさ、なんであいつら一気に消えたんだろうな。時間切れか?」
「あぁ?んなもん、コピー共の反乱とか暴走の可能性を考えての事だろ。本体をやれば、全部消える」
「…ナルホド」
古代の血なまぐさい現実に、何やらますます雰囲気がまずくなってしまった。
誰でもいいから通りがかってくれと人通りの全くない裏路地で女神に祈るラグナス。
そんな願い、女神だって困る。
「まあ、その遺跡は明日にでもぶっ潰すとして。…ここからが、本題なんだが…」
ぐぐっと冷え込むシェゾ周辺の空気。
ああ…これからが、粛清タイムの始まりか。
ラグナスは達観した目で覚悟を決めて、おとずれるであろう血の惨劇に身を固くする。
しかし、予想に反して、いつまでたっても闇の剣が振り上げられる気配がない。
その代わり、もっとヤバイ話題が振り上げられた。

「アイツらは、何だって全部俺のところへ来たんだ?」

「おっふう!!!」
ラグナスの内臓に1200のダメージ!吐血!!
それは当然疑問に思われて当然ではあったのだが、この話題を振られるくらいなら血の粛清を甘んじて受けていた方がマシだった的心境である。
いや、これがある意味真に粛清なのか。
「いやあのそれはその」
脳みそフル回転で言い訳を探すラグナスを、容赦ない追撃が襲う。
「しかもアイツら…全員が全員、俺に何て言ったと思う…?」
「うぐおおおおお!!」
七転八倒。
穴があったら入りたい、そして埋め立ててもらいたい。
そりゃあいつかは想いを伝えたいという願望があったとはいえ、こんな状況こんなバレ方するなんてあんまりだとラグナスは思う。
ガラスのセブンティーン、そのハートは粉々に打ち砕かれたかに見えた。
…けれど、彼は勇者だった。
勇者はいつだって、絶望を希望へと転じてきた。
それは、今も。
「オラ、起きてもっと苦しめバカ勇者め」
のたうち回ったと思ったら急に動きを止めピクリとも動かなくなったラグナスを、シェゾは闇の剣の切っ先でちょんちょんつつく。
「シェゾ!」
「うおっ!?生きてやがったか」
その姿、不死鳥の如く。
ラグナスは突如ガバッっと起き上がるやいなやシェゾの手をガシッと掴み、熱い瞳で視線を捕らえ一言。

「好きだ!」

カラン…。
闇の剣が、地に落ちた。
「な、な、な…!?」
「自分の気持ちを隠すのはもうやめた!シェゾ、好きだ!!愛してる!!」
「〜〜〜〜〜〜っっ!?!」
シェゾとしても、ラグナスのこの開き直りとも思える大告白は予想外だったようで、衝撃のあまり声も出せずに口をパクパクさせている。
「何度でも言うぞ、好きだーーーー!!!」
「ううううるせえ何度も言うなーーっ!!!」

シンプルに。
それはもうシンプルに、シェゾの右ストレートが炸裂した。



その後。
何度も何度も。
何度も何度も何度も何度も
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何(略)
ラグナスに突撃告白をかまされまくったシェゾが、その熱意なのか執念なのか勇者の情熱に根負けするのは、もう少し先の話…
「好きだーっ!!!」
「しつこいんだよテメーは!!ナイトメアッッ!!!」
…なのかもしれない。




おしまい