Novel *


勇者を陥れる話。


「あけまして」
「おめでとうございます・・・・・・」


 0時調度に鳴った目覚まし時計を3秒で叩きとめて、ベッドの上に正座して頭を下げた。
 体は動いているのだが頭が動いていないらしいシェゾが、俺に釣られて丁寧語で挨拶したので笑った。笑った声で覚醒したらしく、べしっと頭を叩かれる。下げていた頭がそのままベッドに突っ込まれた。
 ひっでえ、と尚も笑う俺を尻目にシャワーを浴びに行く。少しぶつかりながら廊下を進むのはいつもの事なので気にしない。

 さて。正月なんて寝て過ごす以外に何か有るのか、と思っていた俺を華麗に裏切ったのは1週間ほど前のパーティーと言う名の飲み会の席、最強にして魔導師の「卵」、アルル・ナジャだった。
「じゃあ、次は来年1/1!場所は?」
 何の話だ、と目を剥いた俺の肩を叩いたのは相方で、既に諦めきった顔をしていた。


「折角だから提供しよう」
 名乗り出たのはサタンで、隣でルルーがきゃあと可愛らしく声を上げた。
「では私、お料理を作りにお邪魔させていただきますわね!」
 それを聞いていた各面々がおおおとどよめいた。態々会場に作りに来るというのだから、メインはルルー作で決定だ。
 基本的に料理の出来るメンバーが揃っているが、ルルーの料理は金が掛かっている。そうそう食べられない食材が使われる事を期待しての反応だ。それは判るのだが
「・・・・・・・・・1/1って、来週だろ?」
「来週だろうがなんだろうが、そんなでかい行事を見逃すわけないだろ」
 このメンバーが。
 こそっと相方にに聞くとため息と共に教えられた。そうか来週もあつまるのか。
「せっかくの新年ですもの、初日の出を見るのも良いと思いますわよ?」
「良いこと言うねウィッチ!じゃあ集合は日の出前だ!」
「日の出って何時くらい?」


「ええと、大体7時くらいでしょうか・・・」
 わいわい、あれよあれよと言う間に決定し、新年早々明け方6時に集合する事となった。
 その新年パーティーという名前の飲み会にかりだされることと相成った俺たちは、ノルマである料理を作らなくてはいけない。
 今まではシェゾとセットという事で俺の持ち込みは許容されていたのだが、来年からは許さないから、とにっこりアルルに釘を刺された為俺も手料理持参だ。
 そりゃ魔導師魔法使い魔女の類は皆料理上手、という生き物だから良いだろうが、専ら剣に頼って生きてきた俺はどうすりゃ良いんだ、と呆然としていたら手伝ってもらえば良いじゃん、とあっさり返された。
 持つべきは料理上手の相方だ。毎日美味しいご飯をありがとう相棒。きっとドラケはアルルあたりに教えを請うんだろう。ウィッチは細かいからいやだとぼやいていたのを思い出す。


「という訳でよろしくお願いします」
「ん」
 シャワーを浴びて目が覚めたらしいシェゾと、その後に軽く汗だけ流した俺とで台所で向き合う。
 俺は今回黙々と玉子焼きを作る事になっている。多少不恰好だろうが焦げようが、初心者という事で許していただきたい。
 野外で食べられる料理を作るのと家で美味しい料理を作るのでは訳が違う。コンロを俺が延々と使うので、シェゾは基本コンロの前に立たない料理をするらしい。
 

 手本とばかりに卵を3個ほど割り、手早くかき混ぜる。
「あんまりしっかりかき混ぜなくて良い。で、ここに、」
 俺がシャワーを浴びている間に準備してくれていたらしい、しっかりと調理台に並んだ材料を適当にざっざか投入した。
「だしこのくらい塩ちょっと砂糖これくらい醤油っと、こんくらい」
「待て待て待て待て」
 全部目分量で入れやがった!
「早くて判らない!」
「覚えろ」
「せめて数値にして!!」


「あ?」
 にべも無い。一応大匙だの小匙だのは準備してくれているのだが、自分で作るときは目分量で入れてしまうからどのくらいといわれても困るのだろう。
 頼むから、もう一回!と頼み込んでしぶしぶ同じ量をシェゾが適当に提示し、それを計る、という謎の行動を取った。
「だし70塩3g砂糖大匙1醤油小匙1・・・」
「手で覚えろ。数字とか絶対忘れる」
「いや初心者に高度すぎるからね。頼むから量らせてね」
 黙々と焼く事になるだろう玉子焼きの分量をぶつぶつ繰り返す。ここに卵3個。よし覚えた。
「よし大丈夫!」
「まだ全然大丈夫じゃない。むしろ今はじまったところだ。玉子焼きって言ってんだから焼くんだよ」
 そりゃそうだ。


「フライパンを火にかけて、油を引いて、卵をちょっと入れて薄焼き。半熟になったら手前にまとめて」
 菜ばしでくるくると巻いて見せた
「あれ、これ使わないの?」
 フライ返しを差し出した俺にシェゾはちらりとだけ目線をよこした。
「いらん。むしろ邪魔だ。」
 再びにべも無い。
「ほら見てろ。奥に油塗ったら卵を奥に移動して手前にも油。卵を入れて、また手前に巻く。コレの繰り返し」
 見てる分には非常に簡単そうに見えるのだが、ぶっちゃけ卵を巻ける気がしない。
「最後にパンの端で抑えて形を整えつつ焼き色つけて、裏返してこっちも焼き色つけて、で、完成。出来るな?」

「出来ない・・・」
「やれ」
「はい」
 

以下音声のみお楽しみください。

「シェゾ、気泡が、気泡が!!」
「潰せば良いだろうがなんで眺めてんだよ」
「潰す!?何を!?」

「気泡以外に何を潰す気だ俺がお前をか!?」
「シェゾ卵が奥に行かない!」
「油引けっつっただろうが」
「引いた!」
「足りねえ!」
「シェゾ半熟って何?!」
「半分じゅくじゅくしてんだよもう焼きすぎだ!」
「だってどんどん固まって来るんだよ!」
「パンを火から離せば良いだろうが!なんで態々熱してんだよ」

「シェゾ巻けない巻けない!!」
「良いからもう勢いだから!ガーッといけガーッと」
「スクランブルエッグになる!」
「いざとなったらもうそれで良いよ!!」

御視聴ありがとうございました。


「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
 結論としては半分スクランブルエッグみたいな玉子焼きが出来ました。どう見てもシェゾが手本で見せてくれた玉子焼きには程遠い。
 どうしようコレ・・・と眺めてると引き出しからなにやら板を出してきてパンの上に卵を隠すように乗せられた。え、臭いものには蓋をしろ的な・・・酷、と思っているところでシェゾがパンをひっくり返した。

「!?」
 よく見たら板は板ではなく先日寿司を食った際に使った巻き簾だと気づいた。そのままくるっと巻いて、ぐっと押し付ける。
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
 そっと巻き簾を取ると、しっかり綺麗に巻かれた(ように見える)玉子焼きがそこに鎮座していた。
「!!!!!」
「ああ」
「!!!」
「そうだな、っつうか人語を解せ」

 苦笑しながら8等分してくれて、その一個を口に入れられる。美味かった。多少硬く焼かれたところがあったりなんだりするが、ちゃんと玉子焼きだった。
「シェゾ、俺頑張るから!」
「おー」
 最終奥義、巻き簾を与えられた俺に怖いものは無い!!勇者に敗北は無い!





 使命感に燃えるラグナスを尻目に、俺は自分の料理に手を付ける。
 会合が決定した瞬間には何を作るか考えて居たので、とりあえず南瓜を数個解体して火の通りやすいように細かく切っていく。
 ルルーがメインを張るだろうから、料理という料理はそう必要ないと判断して、今回は甘味を作ろうと思っていた。 加えてラグナスの事があるので出来る限り簡単に作れるような。

「パンが熱すぎるんなら上に上げろって言ってるだろうが」
「!」
 先ほどから卵に熱中するあまり言葉を捨てたらしい勇者が気合でのみ返事を返した。
 とりあえず俺の言葉が届いているなら、まあ良いか、と放置する。砕いた南瓜を蒸し、熱いうちに裏ごしをするつもりだったのだが途中でラグナスが本日2度目の「シェゾ半熟って何!?」をコールしたので手を出していたら南瓜が冷めた。
 1/4ほどしか裏ごししていなかったのに時間差で蒸した南瓜の全てが冷えた。一瞬考えてから、まあ良いかとマッシャーで押しつぶす。滑らかにな口当りのものを目指していたのだが、まあ、南瓜がちょっとごろっとしてても美味いんじゃないだろうか。うん。
 大体なんで先ほどまできちんと半熟で巻けていたのに急に半熟が判らなくなるのか理解に苦しむと思ったのだが、どうやら熱しすぎてパンが高温になっていたらしい。
 だから火から離せばパンは冷めるんだと、何度言えば判るんだろうか。この男は勇者だと思っていたが実は猿か何かだったのだろうか。
 
 砂糖卵薄力粉バター生クリームをそれぞれ適当適当適当に合わせて気合を入れて攪拌する。
 世間じゃ菓子作りは女の得意分野、などと思われてるらしいがどう考えても男仕事だろうと俺は思う。
 今回はただ混ざれば良いのでまあ良いが、メレンゲだの生クリームだのを混ぜるのはかなりの重労働だと思う。
 コレを女子どもがキャッキャウフフと笑いながらするというなら、それだけで尊敬に値すると思う。そういうわけでルルーは恐らく尊敬に値する女だと思う。あまり菓子は作らないようだが。
 
 潰した南瓜も合わせて、ケーキ型に流して焼くだけだ。集合時間を考えれば大分時間が空くが、そもそも家には型が1つしかない。
 まあ普通、型が5つも6つも揃っているわけが無い。ウィッチが持っていた型を借りているので2つ1度に焼けるが、
 それを3回繰り返すと考えるとそんなに時間的余裕は無い。さっさとオーブンを暖めて第一陣を焼き始めた。


  ラグナスも10を超える回数を焼いているとそろそろコツを掴んだ様でそれなりの手つきで玉子を巻いているようだった。手が空いたら手伝おうかと思っていたが特別手助けも要らなさそうなので卵をつめる重箱を用意する。
 3段重箱はそれなりの威圧感がある。蓋を開けて3段全て玉子焼き、というのはなかなかシュールで良いと思う。
 そのまま持って行かせるつもりだったがもったいぶって風呂敷に包んでやろう。確か赤の扇模様のがあったはずだ。赤とか厳かで非常にシュールで良い。
 しかもラグナスは今回初めて料理を持って参加する。それが3段重箱となれば皆の期待と不安も最大限まで高まるだろう。そこで登場する一面の玉子焼き。シュールすぎる。最高だラグナス。今年1年のお前の扱いが決まったようなものだ。
 風呂敷を引っ張り出して一人ほくそえんでいるとオーブンでケーキが焼きあがった。型から抜いて洗って仕込んで再度オーブンへ。
 そうこうしているとラグナスも焼き終わり、切り分けながらせっせと重箱に詰め始めた。それに背を向けてパンやらなにやらを洗い出す俺にありがとうと声がかかる。
 いや、お前に背を向けていないと俺がニヤニヤ笑っているのがばれるからというだけなのだがまあ、おう、とだけ返事をしておく。

 玉子焼きを詰めて風呂敷で包んだ辺りでケーキが焼きあがったので3度目のオーブンへ。
 焼き上がったケーキはカットしてからこちらも適当に、質素な、箱に詰める。主役はお前だラグナス。俺は脇役で十分だ。


 洗物もコンロ周りの掃除も終わったところで最後のケーキが焼きあがった。同様に箱に詰めてたところで5時を回った。良い時間だ。
 俺が若干粉っぽく、ラグナスがなんとなく油っぽいのでお互いにもう一度シャワーを浴び仕度をし、俺はケーキの箱を左手で担ぎ上げ、ラグナスは紅い風呂敷を右手に下げてお互いの右手と左手を繋いだ。

「よし、大丈夫だな?」
「大丈夫、持った!」
 
 満面の笑顔で赤い風呂敷を少し持ち上げて返事を返すラグナスに、噴出しそうになるのを抑えて空間転移した。





「遅いよラグナス、シェゾ!もう始めるかと思ってた!」
 転移した直後にいきなりドラコケンタウロスにどつかれてよろけた俺をラグナスの左手が支えた。
「6時集合だろうが。今10分前だろ」
「30分前集合は基本でしょ!」
 更にどついてきたのはアルルだった。知らない。お前らの常識なぞ知らない。
「いや、うん、ごめん。俺が手間取ったんだよ」
 フォローに入ろうとしたラグナスだったが、確実にラグナス自身もそんな常識知らないという顔をしている。
「今回はあなたも作ってくる約束ですものね。シェゾが作った、のでは無いのでしょ?」
 後ろから声をかけてくるウィッチへ勿論!と右手を上げたラグナスに、どうやら既に集まっていたらしい全員がおお、とざわめいた。
「新年パーティーですけど、ある意味影の主役ですもの。早くお披露目しちゃいなさいな」
 サタンの城で料理の腕を振舞える事が余程嬉しかったのだろうルルーが驚くほど上機嫌でラグナスに促した。
「あ、じゃあ、うん」

 少し照れながらテーブルに紅い風呂敷を広げる。ああもうラグナスお前本当に最高。可愛い。
 あまりの緊張に、黒光りする重箱に全員が圧倒されてるのに気づいてないんだろ。そんな自慢するものでも無いと思ってるから、そっと蓋を取ろうとしているお前の手も、ここにいる全員が単に焦らされてるとしか思ってないぜ。


 全員が重箱の中を見て呆けた顔をして、シェゾが珍しく腹を抱えて床を転げて大笑いし、3秒後にこの空気と大笑いの意味に気づいたラグナスがこれまた珍しくシェゾに殴りかかったのは、まあ別のお話。