Novel *
- 無題 -
微かに積もった雪をわき目に、久しぶりの我が家へとラグナスは急ぐ。立派な建物ではないが、何だかんだで愛着のある我が家だし、今は旅疲れで早く休みたいのもある。
依頼を請け負い、遠出の為に1か月ほど家を空けていた。特にこれといった貴重品などは置いてないが、家を空ける不安はある。しかし仕事は選べず、ラグナスは後ろ髪が引かれつつも家を後にしたのだった。
「ただいまー……」
誰も居ないと思いつつ、つい言ってしまうのは性格のせいだろうか。くたくたの身体でやや軋むドアを開ける。
ふと、疲れた目で辺りを見渡して違和感を覚える。
「……何でいるの、シェゾ」
我がもの顔で古びたソファに座る男が一人。無論ラグナスがいろんな意味で良く知っている相手である。
シェゾはソファに座りつつ眼を閉ざしている。けれども寝てないのはわかっている為、もう一度声をかける。すると渋々ながらシェゾは青い瞳をラグナスへ向けた。
「遅い」
「何が」
「帰るのが」
「……ごめん」
1か月前の記憶に間違えがなければ、シェゾはラグナスに何も言わずにどっかに行っていたはずである。予想では何処かのダンジョン攻略をしてたんだろうとは思うが、それもあって、こうやって会うのはおおよそ1ヵ月半ぶりになるはずだ。つまり好き勝手にふらりと何も言わずに居なくなるシェゾに、そう言う風に言われる筋合いはまったくないのだが……立場が若干弱い為もあってかつい謝ってしまうラグナスだった。
「ずいぶん居なかったな?」
「護衛で遠くまで行ってたからね。ひと月ぐらい」
何時からシェゾが居たのかわからが、家の中は暖かい。寒い中歩いて来た身としては少し嬉しいと、素直に思う。まぁ自分が寒からという理由なのだろうとは思うが。
鎧を脱いでラフな格好となる。道具袋の中身をチェックし、鎧の傍へと置いた。
「腹が減った。何か作れ」
「いや、今帰ったばかりなんだけど……オレ」
「だから?」
「……」
言い返そうと思ったが不機嫌になると後々面倒になり、割に合わない被害に会うのは自身なのがわかっている。機嫌を損ねる前にさくっと作ろうと、ため息混じりにラグナスは食材のチェックをして料理を作る準備をした。とりあえず何かしら作れば文句は言われない為、その点では楽ではあるが。
「……ねぇシェゾ。何時から居たの」
「帰って来てからずっと」
「何時帰ってきてたのさ」
「半月前」
「だから食料があったわけか」
適当にあった肉を焼く事にする。独り暮らしの男の料理は大雑把なものである。こういう辺りはやはりシェゾの方が色々と細かくできるのだが、と思いつつも気が向かない限り作らないのが彼だ。諦める。
「ラグナス」
「ん?」
暖炉の火で肉を焼いていたラグナスに、シェゾが後ろから抱きしめてきた。
「…へ?」
「五月蠅い、黙ってろ」
グイッと顔を後ろの方に向けさせられる。あっ、と驚いた瞬間シェゾの顔が目の前にあった。
「ん……」
お互いの顔が離れる。
「……もしかして寂しかったとか……って痛っ」
思いっきり足を蹴られる。ふと、シェゾの顔を見ると目元を赤くしつつ睨んできた。
もう一度したくてシェゾの腰を引きよせる。そのまま甘そうな唇へと噛みつくように重ねる。お互いに飢えた獣の様に……。
「ラグ……」
甘えるようなシェゾに熱くなる。もう一度口づけようとした時、ふとある事を思い出した。
……。
「あああああああっ!! に、肉がぁああ!!」
すっかり炭に近いくらい真っ黒な変わり果てた肉にラグナスが叫ぶ。隣りのシェゾから怒りのオーラが見えた気がしないではない。
「こぉのバカラグがぁあああ!!」
さっきまでの甘い空気は吹き飛び、今は荒々しい怒りのオーラが周囲に漂っている。とても逃げたい。
「ちょ、まって。これ、オレだけのせいじゃないよね?ね?」
「五月蠅い黙れぇえええ!!」
「うぁあああああああああっ!!」
冷たい雪の上に倒れているラグナスは思う。
シェゾが怒ったのは肉だけのせいではないだろうと。
「……ふと我に返って恥ずかしかったんだろうな……」
しかし、この扱いはちょっと改善して頂きたいと思いつつパタリとラグナスは気を失った。