Novel *
その遺跡は、街から徒歩ですぐの場所にあった。
にも関わらず、今の今まで誰に気付かれる事なく、暴かれる事なく存在し続けてきた。
それはつまり、それだけ隠蔽の能力が高かったという事。
それはつまり、それだけ危険である可能性が高いという事。
そんな遺跡の調査に、剣士として超一流であり、異世界では”勇者”という称号まで戴いているラグナスが指名されたのは、至極当然の成り行きであったろう。
今回ラグナスは、あえて単身での調査を望んだ。
ひとりの方が身軽に動けると判断したからなのだが…無意識のうちに、連れの存在を”足手まとい”と感じたのかもしれない。
…それは、傲慢ですらなく。
常にたったひとりで戦ってきたが故の、意識の歪み。
それでも今、この世界では。
隣に立ち、共に在りたいと強く願う存在がいないわけではない。
”彼”ならば戦力として申し分なく、数多の遺跡を攻略してきたその経験や知識は、この調査の大きな助けとなるだろう。
もし組むならば、彼以外にはありえない。
が、しかし。
…その人物の場合、調査どころか遺跡荒らしになりかねない。いや、確実になる。
そしてラグナスにそれを止めきる自信は、残念ながら全くなかった。
そう思えばこそ、彼はひとりで遺跡に向かった。
…しかし、それは、勇者の油断。
もし、ラグナスが。
この調査で、誰かを…かの人物を、同行させていたなら。
――これほどの悲劇は、生まなかったであろうに………。
【ラグナスだよ!全員集合!!】
その日。
シェゾ珍しくも街のオシャレなカフェで、ちょっと遅めのブランチを堪能していた。
『闇の魔導師がカフェでブランチ…時代も変わったものだ』とは、相棒たる闇の剣、その心のつぶやきだ。
ただまあ、この店を選んだ理由が”腹が減っているところにいい匂いを漂わせていたから”と言われれば、シェゾとカフェという珍奇な取り合わせも納得できる。
入った理由は残念以外の何物でもないものの、見た目だけならピカ一のシェゾである。
非常に絵になる光景として、本人全く気付く事なくギャラリーの注目を一身に集めていた。
そんな眼福な光景に入り込む、一人の青年。
「やあ、シェゾ」
「…ラグナスか」
シェゾはチラリと一瞥をくれただけで、すぐさまブランチ攻略に戻っていく。
そんな冷たい態度に動じる事なく、それどころかふわりと微笑んでさえみせてラグナスは空いていた前の席へ座る。
「オイ。誰が座っていいと言った」
漂い始めた険悪な雰囲気もどこ吹く風。
ラグナスはただ穏やかに――愛しそうにシェゾを見つめ、一言。
「好きだ!」
ブフォーーーーーッッ!!
シェゾはカフェオー↑レを盛大に噴き出した。
これにはギャラリーも騒然である。
美形同士による日中堂々の告白劇とあって、キャーキャー黄色い声を上げる女子学生やらママ友を大至急呼び出そうとするご婦人、はたまた鼻息荒くガン見する旅の女魔導師やらで一種異様な雰囲気に包まれる。
「なっ、んなっ、何言ってやがるこのくされ勇者ーーーっ!!」
さすがに不意打ちすぎたのか、とっさの事に闇の剣を抜く事も忘れ慌てふためくシェゾ。
けれどラグナスの勇者スマイルは揺るがない。
黒髪から滴り落ちるカフェオー↑レ(シェゾの噴いたやつが直撃)すら輝かしく見えるほどの、慈愛オーラを放ちつつ立ち上がり…。
「怖がらないで、愛しい人…オレが、お前の全てを受け止めるよ」
そっとシェゾに近付くと、抱きしめるように手を伸ばす。
伸ばす。
さらに伸ばす。
肩に触れるまで、あと指先一本分。
あと、紙一枚分――……
「〜〜〜っっだりゃあああああっっ!!!」
瞬間、我に返ったシェゾ渾身の一本背負い発動ーーーー!!
これは決まったァァァァ!!!
「ぐふぉぁっ!」
きれいに背中からテーブルに叩きつけられ、カフェオー↑レまみれのままラグナスは沈黙した。
ちなみにそのテーブルには、まだ食べかけのブランチが半分ほど残っていた事を追記しておく。
「はあ、はあ、はあ…やったか…」
あまりの衝撃に食欲も失せた。
ブランチの代金修理費用その他もろもろ押しつけ、気絶したままのラグナスをそのままにシェゾは店外へ脱出した。
「あれはまさか本気なのか…?いや、タチの悪い冗談に決まってる!」
全力疾走のためか、少し赤くなった頬を冷ますようにシェゾは強くかぶりを振る。
追ってくる気配がない事を確かめ、大きく息を吐くと気を取り直して大通りを歩き始めた。
「そういや、塩がそろそろなくなりそうだったな。…ついでだ、かさばる物を一気に買っておくか…」
ちょうど真横にあった露店をのぞきこむ。
闇の魔導師だって生物、塩も砂糖も生活には必要なのだ。
「重そうだな。手伝おうか?」
「あァ?この程度持てねぇわけねーだろ!どこの女と勘違いしてやが…」
さりげない言葉につい流れで返事してしまったが、今の声、それはまさしく。
「やだなぁ、勘違いなんてしてないよ!ただ、オレが手伝いたかっただけ」
きらめき勇者スマイル発動!
輝く白い歯が目にまぶしい。
「どっからわいて出やがったああああ!?!」
その白い歯をへし折らんとする勢いで、シェゾは岩塩を投げつけた。
しかし、小憎らしいほどあっさりと岩塩は受け止められてしまう。
「あ、コレ持てばいいのか?」
「ちっげええええええええ!!!」
急な登場とはいえさすがに今回は二度目、シェゾも心の準備は(したくもなかったが)できている!
「闇の剣よ!」
『応!』
その手に闇が凝り、剣の形と成る。
流れのままビシィッとラグナスに突きつけ、道で偶然サタンに出くわしてしまった時と同じくらい険悪な表情で睨みつけた。
「ラグナス…テメー一体どういうつもりだ」
「どういうって…何が?」
質問の意味が全くつかめていないようで、ラグナスはキョトンとシェゾを見つめている。
しかし、シェゾの目には、それが白々しい演技と映る。
「とぼけるな!誰の差し金だ!!サタンか!?ウィッチか!?それともアルルか!?!」
「え?え?え?」
本当の本気で分かっていないのか、ラグナスは岩塩持ちつつ狼狽している。
「え、えっと、この岩塩、お前が持ちたかったのか?」
結果、トンチンカンな回答となった。
シェゾ周辺の暗黒オーラが二割増。
しかし、ラグナスのターンはまだここで終わりではなかった。
「でも、オレどうしてもお前の役に立ちたくって……。荷物持ちでもなんでもいいんだ。オレ、なんでもするよ!だからシェゾ…オレを…お前の側に、いさせてくれないか…?」
………ぷち。
シェゾの中で、何かが臨界点を突破した。
ガシィッッ!!
『…主?』
片手で構えていた闇の剣を、両手に持ちかえる。
不審がる闇の剣は無視し、片足を軸に横向きに構え…
「闇の剣よ!」
『むむっ!?』
「ぶっ飛ばせえええええええーーーーーっっ!!!!!」
カッキィィィィン!!!
キラーン☆
それは、見事な一本足打法だった。
とんでもなくいい音と共に、ラグナスは空の彼方の星と消えた。
「はあ、はあ、はあ…!」
下手な戦闘よりよほど疲れた様子のシェゾ。
そこに、闇の剣から追い討ちがかかる。
『主よ』
「何だ」
『あまりくだらない事に我を使うな』
「………」
今度絶対にコイツを遊び道具に紛れ込ませてリュンクスの群れの中に放り込んでやろう、とシェゾが固く決意したかどうかは不明である。
「買出しはヤメだ!今日はもうさっさと帰って寝る!!」
全ての気力を出し尽くし、心底疲れきったシェゾは誰にともなく宣言した。
とはいえ、あんな目にあった手前、そのまま逃げるように帰るのもまた悔しい。
「美味い酒でも飲んで、気晴らしするか」
街中ではまたいつどこでラグナスに遭遇してしまうかわからないので、適当に目に付いた酒屋へ入り、買って帰る事にする。
「フン…ボロいわりに、結構良い酒揃ってんじゃねーか」
正直店構えからして期待はできないと思っていたのだが、どうやらここは隠れた名店の類だったようで。
思いがけない収穫に、今日一日のどたばたも忘れてわずかに口元をほころばせるシェゾ。
今後街へ来たときは必ずのぞいて帰ろうと心に決め、目に付いた二、三本を手に取る。
「”美中年”か”竜殺し”か…”魔導錦”もいいな」
どこかで聞いた事あるようなないような銘柄を前に、真剣に悩む。
「オレとしては、ほろ酔いのシェゾさえ見られればなんでもいいけどなっ!」
「うぎゃああああああああっっ!?!!!」
闇の魔導師にあるまじき絶叫。
悪夢よ再びこんにちは。
「てっ、ててテメー!どうやって戻ってきやがったああああ!?!」
速攻で闇の剣を呼び出…すのはリュンクスの群れに放り込んで闇の剣から詫びの言葉を聞くまで封印する事にし、魔導でしばき倒そうと決めたシェゾ。
その手に魔力が凝る。
「はははっ、なに言ってるんだ?お前のいるところにオレありさっ!」
キラリッ☆
さわやかに見える勇者スマイルも、ここまでくると恐怖の象徴でしかない。
「消し炭になれ!ファイヤーストーム!!!」
「熱い!お前の愛が熱い!!」
ラグナスは燃え盛る炎の渦にのまれていった。
「消えたか…まさかアイツ、酒に酔ってたとかそんなんじゃねぇだろうな」
それならばこの突然のラグナス乱心も、納得はできないが無理やりなら納得してやらなくもない。
自らの精神衛のためにもそう思う事にしよう、と決意したシェゾをあざ笑うかのように。
「そんなシェゾってば!オレを酔わせてどうする気!?」
「どうするもこうするもあるかスティンシェイド!!!」
瞬殺。
すでに姿の確認すらしていない。
「いやでも酔ったシェゾに誘われるのも大歓迎さっ!」
「次元の彼方へ消え失せろエクスプロージョン!!!」
抹殺。
「まかせろよ!その後の責任もちゃんと取るからな!!」
「っだあああああああああダイアモンドダストッッ!!!」
滅殺。
以上三連コンボ。
酒屋は壊滅した。
「ハァ、ハァ、ハァ…何なんだアイツは…あんなキャラだったか…!?」
原型をとどめていない元店舗で激しく息をつきつつ、シェゾは自問する。
そして酒屋の主人はいち早く逃げていたので無事である。
請求は後日、ラグナスへ回される事になるだろう。
「…つーか今、アイツわき方おかしくなかったか?」
ボウフラだって、ここまでのわき方はしないだろう。
何かが、おかしい。
けれどその”何か”が見えない。
答を求めるように、シェゾは完膚なきまでにぶちのめしたラグナスへ視線を走らせる。
しかし…。
「…どういう事だ…?」
ばたんきゅ〜状態でラグナスが倒れているはずの場所…そこに、彼の姿はなかった。
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